その5  転石無苔

It’s alright letting yourself go,
as long as you can get yourself back.

[ガチンコ訳]

自分を解き放つのはかまわない、
取り戻せる範囲内ならば。


 ローリング・ストーンズのミック・ジャガーの言葉である。私の本棚に長年鎮座している1982年出版の”A Dictionary of Contemporary Quotations”に載っている。古今東西の有名人の一言をジャンル別に列挙している興味深い書物だ。このセリフを言ったときのミックが何歳であったかはわからないが、本の古さから考えて、彼は20代か30代であったと思われる。稀代のロックンローラーとしては、えらく抑制の効いた発言ではないか?ドラッグやら女やら酒にズブズブ溺れながら、人の魂を吸い込みそうな唇でシャウトしていたあのミック・ジャガーだよ?メンバーの一人だったブライアン・ジョーンズは散々ストーンしたあげく、1969年、弱冠26歳の時、自宅のプールで溺死。思いっきり取り返しのつかないことになっている。

 だが、ミックはブライアンと違って、自分を取り戻す人だったらしい。クスリをやっても、女を取っかえ引っかえしても、大酒を呑んでも、健康に留意し、我が身を保持する人だったらしい。私はこの目でその証拠を見ることとなった。平均年齢62歳のストーンズはワールドツアーを敢行中で、2006年春、日本にやってきたのだ。チケット、ゲット、おっしゃ〜っ!!

 ステージ上のミックは、細身の黒いパンツに寸足らずのTシャツ姿で、腰を振り、腕を突き出し、エネルギッシュに歌いまくって、観客を魅了していた。お尻はキュッとしまり、ピタピタTシャツの下から垣間見えるウエストに贅肉はない。昔と同じ声で、ジャンピング・ジャック・フラッシュ歌いながら、縦横無尽に走り回るこのヒト、マジで還暦過ぎてるんですかっ!?あなた、バケモノですかっ!?

 思い起こせば、ミックは初期のヒット曲、"Mother’s Little Helper"で繰り返しこう歌っていた。

What a drag it is to get old!
年を取るって最悪!

 ストーンズ結成44年後の今、ミックに「年を取る」ということをどうお考えなのか聞いてみたい。その不変ぶりはパフォーマーとしてのプライドゆえですか?当然、老眼きてますよね?その頭髪は自前ですか?早朝ジョギングとかしてます?ジムで筋トレとかしてます?ヤクはもうやってないですよね?酒もほどほどですよね?

 全世界でバカ高いチケットが完売だから、今回のツアーで大儲けしたことは間違いないが、そもそもストーンズの皆さんは燃やすほど金を持っているはず。優雅なリタイア生活という選択肢もあろう。それでも現役でロックンロール。そこらあたりが不変の若さの秘訣かもしれない。観客にエネルギーを与え、観客からエネルギーを貰う。繰り返す自己肯定の絶大なるカタルシスが、彼らを半生紀近く、変わらぬ姿に保っているのかもしれない。ステージに立つことを止めたら、玉手箱を開けた浦島太郎のごとく、突如老いさらばえるのかもしれない。


It’s alright letting yourself go,
as long as you can get yourself back.

[サエコポン訳]

ハメを外しても問題ないさ。
ただ、自分を見失わない程度にしておけ。

2006年4月2日