7  バー「ポン太」

 思い起こせば、あのネコは付き合いのいい奴だった。ヒトが歯磨きをしていれば洗面台に乗って歯ブラシにじゃれ、お風呂に入れば脱衣カゴでパンツやブラジャーに埋もれて眠り、台所に立てば、足元をうろついて尻尾を踏まれていた。

 晩年のポン太は毎夜バーを開店した。私が夜の11時過ぎてからワインを2、3杯飲むヒトであったため、その上、床にぺタッと座ってつまみを脇に飲むヒトであったため、しかも、そのつまみが時々チーズであったため、バーのお姐さん=ポン太は夜毎、業務にいそしんだ。

 私の右手30センチ程度のところにはべって、チーズの行き先を見張った。いくらお好きでも、チーズは塩分が多いから、間隔をあけながら、わずか二ミリ四方の破片を指にくっつけてお姐さんにお相伴させていた。ポン太姐さんはパワフルな舌でジョリッと舐めた。爪の間に残ったチーズはないかと、数回舐めあげてくださった。

 5分に一回、二ミリ四方では、納得がいかなかったようで、チーズの乗った皿に直で手が出そうになっては、皿の位置を変えられた。お姐さんはお客の右でお相手し始めるのだが、次第に左に行ったり右に戻ったり、最後にはお客さんの膝に乗ったりのサービスまであった。バーというよりピンサロ、しかもこのお姐さんは若い頃に玉を取られて、オカマだった。

 ワインはワイングラスで飲みたいものだが、このオカマバーの備品はすわりのいい水割り用グラスだった。お姐さんがひっくり返しそうになるからである。

  読書をしながら、スローな音楽をかけて、就寝前のリラックスタイムを楽しむというのがお客の希望だが、実際は本のページを押さえつつ、グラスを確保しつつ、お姐さんの身体をさわりつつ、皿の位置を頻繁に変えるという、せわしないひと時をすごす夜更けとなった。

 どんなに遅い時間になっても、「ネコの手でよろしおしたら、いつでもお貸ししますえ・・」とポン太姐さんはスタンバイしていた。  ただ、本日のおつまみ内容確認ののち、その場でホステス不貞寝、という事態もあった。客側にとっては、それはそれで、おさわりバー、チップなし、という好条件と言えた。

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