１９歳８ヶ月のガルちゃんの訃報が届いたのは暮れも押し迫った１２月３０日のことだった。
　「時ならぬ大雪の日に、我が家のネコ、ガルを無事に荼毘に付すことができました」
　そんな書き出しのそのハガキは、ノリコさんとそのご主人からであった。

　ノリコさんとは長年通っているスポーツクラブで知り合った。私とノリコさん双方を知る人が、ロッカールームで引き合わせてくれたのだった。
　「この人もネコ好きなのよ」
　少女のような可愛い声で話す、大きな目が印象的な女性だった。 　それは三年前のことで、私がポン太の病気に右往左往していた時期だった。ノリコさんは心がボロボロになっている私の話を、涙ぐみながら聞いてくれた。
　「でも、ずっと家にいちゃダメよ。運動なんかどうでもいいかも知れないけど、ここにも来るのよ。ゴハンもちゃんと食べてね」

　ポン太が旅立った時、美しい筆書きのお悔やみ状が届いた。ノリコさんからであった。彼女は書道の先生なので、達筆なのはあたりまえなのだが、とても心のこもった内容で、ネコの死が「たかがネコの死」でないことを分かち合えるお手紙であった。

　ノリコさんのお宅のガルちゃんはその頃すでに、「この夏が越せるかしら」という状況にあった。特別な病気はなかったが、高齢ではあったし、暑さに弱いネコで、がっくり食欲が落ちていた。ポン太が死んだ数ヶ月後、今度はノリコさんが右往左往していた。
　「ガルちゃん、最近、ニジマスの焼いたのしか食べないの。隣のスーパーに今日もニジマスあるかしら」
　そう言いながら、彼女はスポーツクラブを出て行くのだった。

　再三書いたことだが、ポン太も食べ物に非常に苦労した。口内の状況が悪化したため、ポン太の頭の中では「あれを食べたら痛かった」「これを食べたら沁みた」という記憶が積み重なり、何もかも食べることができなくなって、最後に行き着いたのが、外国産のキャットフードであった。海外赴任していた義兄に頼んだり、外国人の友達に送ってもらったりした珍しいフードの残りは、ポン太亡き後、骨壷の周辺にお供えしてあった。

　それを全部ノリコさんに手渡した。ガルちゃんが珍しもの好きとは限らないが、すでに死んでしまったネコはこれ以上食べないのだから、もし有効利用できればそれが一番良いと思ったのだった。
　「あれ、ガルが、パクパクって食べたのよ〜。ありがとう〜」
　良かった。ポン太の命を伸ばしてやることはあんまりできなかったが、ほんの少しでも命をバトンタッチすることができたかもしれない。

　ガルちゃんはその夏をなんとか乗り切った。その次の夏も、そのまた次の猛暑までも乗り切った。元々、生命力の強いネコが、家族の愛情に恵まれて長生きできたのだと思う。ガルちゃんにも口内トラブルはあったが、たとえ痛くても生きるために我慢して食べる、食べた後に痛がる、そんなネコだったそうだ。

　「うちのヒトはカメラマンなんだけど、報道写真ばかりで、ネコの写真は撮らないの」
　ノリコさんはそう言っていたが、ガルちゃんの訃報を乗せたハガキには、薄紫色の写真がついていた。目力のあるキジトラ白で、耳の先の毛がピンと撥ねている。気が強くてよく咬んだと聞くが、いかにもの面構えだ。

　同じ薄紫の文字で、ご主人の書かれたお礼と報告が書かれていた。
　「さほど苦しむこともなく、家内の布団の中で、手を握ってやると微かに力を返すことを繰り返し、やがて大きく息を吐き、若干の不整脈のあと鼓動が途絶えました」

　今はもう一家を構える息子さんが小学生のときに拾ってきたという子猫は、こうして世を去った。人間の年に換算すれば大往生と言えるのであろうが、ネコのガルちゃんはまだハタチに少し足りない年だった。