アリソンは、１９９８年秋にアトランタから来日して、その後一年半、私の職場仲間だった。彼女の住んだ借り上げアパートが、偶然にも私の家に近かったので、我々はよく一緒に帰宅した。そしてこのアメリカ娘が、また、無類の猫好きであった。電車内の会話はネコで盛り上がったものだ。アリソンのトークは強気一辺倒で笑えた。

　「日本にいる間、ネコは友達が預かってくれているの。名前はギブソン」
　「ギブソン？もしかして、メル・ギブソンのファン？」
　「どうしてわかったのよ？　そうよ。最初はオスだと思ったから。そしたら、途中でメスだと判明してね。だから、うちのネコは、フィーメル・ギブソン！」

　「最近、少し寒くなったからさ、ポン太が布団に入れてくれって言うのよ。うらやましいでしょ？」
　「あ〜ら、ポン太は寒いときしか一緒に寝ないのぉ？ギブソンはね、どんなに暑い夏の夜でも、私の首にしがみついて寝る。私のこと、真剣に愛しているからね。アトランタの夏に毛皮の襟巻きはいらないって言うんだけどね」

　アリソンはうちに来るとポン太をベタベタ可愛がった。ただ、ポン太はオスなのに、いつも代名詞がSHE。
　「アリソン、ポン太はHEだよ」
　「あ、ゴメン。私にとってネコはギブソンだから、全部SHEなのよ。HEね。HE。はい、はい」
　というはしから、また「SHE」で言う。
　「だから、ポン太はHEなんだってば」
　「ネコなんて、どうせみんな女みたいな性格なんだから、もうどれでもSHEでいいってことにしようよぉ〜」

　アリソンは常に人生を目いっぱい生きていた。ひとつの週末に時間刻みで予定を三つも四つも入れる。土曜の午前に友達と会い、午後になにかのイベントを見に行って、夜には宴会。その合間にジムで運動といった調子だった。
　「なんでそんなに走りまわるの？」
　「私、生きているうちに、会いたい人には全部会って、行きたいところには全部行くことにしてるの。だから、ギブソン置いて日本にも来た」

　彼女は脳腫瘍の摘出手術を受けたことがあり、今もガン細胞がどこかにヒョッコリ顔を出す可能性を抱えていた。更に、二度と歩行できないかも、と言われた悲惨な交通事故からも生還しているのだった。

　そんなアリソンだったが、いつも前向きで明るく、彼女が東京にいた間、私のほうが元気を分けてもらった。人種も、年齢も、バックグラウンドもまるで違うのだが、我々は親友だった。帰国してからも、メール、手紙、カード、小包と色々送ってくれていたが、電話は初めてだった。

　「ギブソンが死んだ」

　言われる前から、それだと思っていた。うちのポン太が死んだことは伝えてあった。アリソンは、ネコを失った者の気持ちを一番わかってくれる相手に電話したのだ。

　「ギブソンの肺に大きな腫瘍があることはわかっていたの。他にも原因不明の障害があって、食べなくなって、痩せ衰えて、もうこれから先は苦しいばかりだから、獣医さんに眠らせてもらった。こんなに悲しかったこと、こんなに泣いたことはないよ」

　彼女が貧乏学生の頃、若い男が何か動くものを紙袋に入れて歩いているのを見かけたそうだ。尋ねたら、子猫を捨てに行くのだと言う。問答無用に袋をひったくったアリソン。それから１８年である。脳腫瘍の日々も、交通事故の日々も、ギブソンはアリソンの側にいた。両親の離婚で崩壊した家から出たアリソンにとって、このネコは唯一の家族だったのだろう。

　「アリソン、寂しいね」
　「うん、でもギブソンの調子が悪くなる少し前に、庭に二匹の子猫が現れるようになってね、結局、うちのコにしたの。ギブソンが自分の後釜にって呼んでくれたんだと思う」
　「ああ、それは良かった」
　「でも、当のギブソンは、チビたちのことが大嫌いだったよ。呼んじゃって、後悔してたんじゃないのぉ〜」
　もう、いつものアリソン節だった。