同刻、地震により、出先で交通手段を失った私は、しばらく知人宅にて地下鉄の再開を待ってみたが、どうやら動きそうもないので、徒歩帰宅を決意した。出発したのが５時くらいだったので、まだほんのり明るく、帰宅難民が本格的に歩き始めるより少し早かったと思う。自宅への道はわかっていたので、渋滞する車を尻目にひたすら歩いた。途中のコンビニにはお客がたくさんいたが、まだ棚が空ということはなく、パンとドリンクを買い、トイレを借りる。途中で「川口はどっちですか？」と、途方もない質問をするお姉さんに遭遇したり、自宅方面に向かうバスに「満員です」と乗車拒否されたりしながら、歩き続け、７時過ぎに自宅に到着。

　うちの建物はいつも通りそびえ立ち、エレベーターも普通に動いている。「たいしたことなかったのかな」と思って、玄関ドアを開けたら、たいしたことになっていた。様々な家財がそこいら中にぶちまげられている。オットの部屋が最悪で、本棚が崩壊し、更に液晶テレビが台から落ちて逆立ち中。キッチンの床では食器が割れて飛び散り、リビングでは観葉植物やら、ＣＤプレイヤーやら、雑多なものが床に落ちていた。こっちのテレビとパソコンはかろうじて難を逃れていた。

　タラはどこだ？　ベッドの下を覗いたら、奥で目が光った。呼んでも出てこないので、これ幸いと放置。タラの籠っている部屋で落ちているのは、本くらいのものなので危険はない。かえって出てきて、ガラスの破片等を踏んだら危ない。

　そこから二時間くらいかけて、とりあえず危険物を除去し、邪魔になっている大物を片づけた。二時間歩いたあとが、二時間片づけかよ、ああ、腹が減った。カップヌードルでも食べよう。あ。ガスが点かない。が、これは単純に安全装置が働いただけで、玄関脇のメーターボックスについているボタンを押したら、即、開通。

　湯をわかし、ズルズルとラーメンを食べていたら、情けない小さな声が聞こえてきた。

　「へニャッ・・・・　　フニャッ・・・・・　」

　タラがベッドの下から出てきたのだった。この時点で、地震発生から七時間くらい経過しているのだが、その間ずっと籠城していたのだと思う。リビングからベッドのある部屋へと逃げる途中でいろんなものがバッタバッタと落ちて倒れて、さぞかし肝を冷やしたことであろう。低い姿勢で、あたりを確認しながらゆっくりと歩みを進めて戻って来た。　膀胱炎のトラウマも消えきっておらんというのに、今度はこれだ。

　テレビの報道を見ていたら、東京で起こったことなど、全然たいしたことではなかったことがわかった。津波に襲われた地域の映像は強烈すぎて、リアリティが感じられないほどだった。だが、あの迫り狂う津波の中には、人がいて、動物がいて、普通の生活があったのだ。うちの飼い猫のトラウマとか、買い替えるしかないテレビとか、それがナンボのもんじゃ。

　だが、タラ的には、東京と東北の被害状況の比較による納得などできるはずもなく、生来の危機管理意識に、今回の経験が上積みされ、ダイハードなリスクマネジメントを発揮するようになった。

　余震が来ると、即効で避難体制。揺れ始めると同時にテーブルの下に滑り込むという初動体制は見事である。訓練された小学生が机の下にもぐるかのようだ。ちょっと大きめの揺れのときは、和室に走って、前足で押入れをエイッと開けて、その中の布団に潜った。そこ、ええわ。安全な上に、温かい。ここは気に入ったようで、平時にもしばしば入ってまったりと寝ていた。その後、何度も来る余震時に、ベッドの下に入る姿を見ないのだが、本震のときのトラウマがこびりついて、ベッドはＮＧになったのかもしれない。

　４月７日、夜１１時半頃、余震の中でも最大級のものが来た。早寝のオットは和室ですでに高いびき。リビングとの境のフスマが閉まっていて入れないので、タラがその前でウロウロしている。開けてやったら、そそくさと和室に入ったものの、すでに布団が敷かれた状態なので、押入れに入ったもんだかと、とまどっている様子。揺れが強いので、私は熟睡中のオットに声をかける。

　「地震だよ」
　「は〜ぁ？　あ〜、ゆれてる〜」

　この人が起き上がることはなく、そのまま、また寝てしまった。その脇で茫然とするタラ。オットは３月１１日も、地震後、前々から予定していた飲み会に出て、そこからおもむろに徒歩帰宅を始めたヒトである。あんたら、危機管理意識を足して２で割ったらどうだ？

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