５４ 布団
旅行が終わってからも、時々敷布団のことを考えていた。私は和室で寝ている。マットレスの上に敷布団を重ねているのだが、そのマットが長年の使用でヘタッており、身体の重みでへこんだらへこんだまま。その上に横たわると、身体の厚みのうち三分の一くらいが布団に埋もれてしまう。冬はその埋もれ感もまあ悪くないが、夏は非常に暑苦しく、買い替えは懸案事項だったのである。
そこで、亀やさんに「敷布団はどこのを使っていますか？」とメールしてみたら、「志村商事という寝具メーカーですが、ここは旅館ホテルの専門業者です」とのお返事が返ってきた。そこで、志村商事を検索してみたら、確かに個人相手の商売ではなかったが、HPにそこの「健康布団」なるものの構造が図解されていた。想像通り、ウレタン製で三角のボコボコがついた代物だった。
それから、近所のＩ・Ｙカドーで一般に売られているものを見たのだが、値段は一万円くらいから七万円くらいまでと、ピンキリ。七万円くらいのは西川の「無圧布団」の高級シリーズ。いいのかもしれないが、七万円は高くないか？売り場では、手で押してみる程度で、実際に寝転んでみることはできないので、寝心地はわからない。ベッドマットを買うのなら売り場で寝転がることも可能だが、敷布団用マットレスの場合、たたんだ形で棚に陳列してあるから。
「どうすっかな〜」と、ネットで調べていたら、無印良品が販売しているのがあった。うちのベッド用マットレスは無印で、硬めでホールド感が良く、気に入っている。よって、個人的にムジの信頼度高し。「体圧分散敷布団」、一枚、二万二千五百円か〜。ふむ。 安くはないが、七万円を見たあとでは、安いような気もする。突起部分がただの三角ではなく、キノコ状で、キノコの柄の部分に空気が通るからムレないというのも売りらしい。ウレタンを包む布がゴチャゴチャした布団柄ではなく、生成りの白というのもいかにも無印らしい。とりあえず一枚だけ購入して、実際に使用してみて、良かったらもう一枚追加することにしよう。体圧分散、andリスク分散（笑）。
自宅に運び込まれる新しいもの、特にデカいものには、警戒怠りないのが、タラネンコである。以前にホットカーペットを導入したときには、危機管理のあまり、その上を歩けなくて、ホカペに座っている人体の上をホップステップして通行しやがったネコである。毛の生えた体温のあるベチャッとした物体に気を許したら一巻の終わりとでも思っていたようだ。さて、毛こそ生えていないものの、ホカペより面積があり、表面がボコボコとした体圧分散布団はどうであろうか？
タラの危機管理はいつもやりすぎで笑ってしまうのだが、それでも、飼い主としてちょっとは案じていた。タラは毎日私の布団で寝る。冬だけでなく、夏もそう。布団はいつもオットのと二枚並んで敷いてあるのだが、タラは必ず私のほうで寝る。これはオットより私のことを好きだという意思表示だと思う。私の布団で寝るのが、タラの精神安定になるのだと思う。配達された無印の体圧分散布団、まずは私が実験的に使うのだが、タラ、大丈夫かね？
大丈夫なわけがなかった。タラは新しい布団を遠巻きに眺め、足を踏み入れることすらしない。畳部分をグルグル歩き、それから、安全実績があるオット側の布団の上に寝転がった。「オレ、迷惑なんだけど〜」と嬉しそうにオットが言う。「そうか、タラはそんなにオレのことが好きか？オレはキライだけどな」とも。タラが好きなのは古い布団であって、オッサンではありません。
そのまま、新しい敷布団に私、古いのにネコとオッサンという分布で寝たのだが、私は足元で長く伸びるネコもいないし、ホンワリシッカリの敷布団が、やたらと寝心地が良かった。以前のは、背中部分がモワ〜ッと熱くなって、たとえば夜中に起きてトイレに行って戻ったときに、「このモワ〜ッにまた横たわるのか」とウンザリし、そのまま方向を変えて、別室のベッドで寝てしまうことがあったくらいだ。オットはなんでも寝てしまったら同じで、しかも目茶苦茶に寝つきがいいので「オレはこのままの布団でもいいけどな」と言う。それは安上がりだが、このマットレスは寿命だと思う。 数日、その形態で寝てみて、選択に間違いがないと確信したので、もう一つ体圧分散布団を注文した。古いマットレスを粗大ゴミに出し、ボコボコ敷布団が二枚になった。寝る前、和室に布団を敷いて、エアコンで除湿をかけておく。さて、タラはどうする？
ふと見ると、タラが体圧分散敷布団の上で寝ていた。もちろん私の側の。私と目が合うと「ワニャッ」と言う。「あなた、早く寝ましょうよ」の意味か？ 「古敷布団＋オット」vs「新敷布団＋私」だと、前者が勝ちで、「新敷布団＋オット」vs「新敷布団＋私」、という図式になったら、後者の勝ちらしい。条件が同じなら、タラは常に私を選ぶということである。安全確認作業は一週間で終了。意外に早かった。
連日の熱帯夜であるが、現在、全員がボコボコ敷布団でスヤスヤと安眠している。ああ、さわやかだ。まるで、高原に避暑に来ているよう。実は、ほぼ同時期に、和室のエアコンも買い換えて、快適環境が整ったんだけどね。
