こんなネコだから、他所のヒトに心を許すことはない。身体を許すこともない。ある意味、貞淑なツマみたいなものだ。飼い主のことだけが大好きなので、私を見上げると、床にポテッと転んで「撫でて、撫でて、もっと撫でて」となり、夜ともなれば、「あなた、早く寝ましょうよ」の世界で、毎晩私の布団で待っている。昨日なんか熱帯夜だったもので、最初から暖かい布団が迷惑だった。

　Tさんは近所の電気屋さんである。長くこの地域で仕事をしておられ、うちのマンションの事情に詳しく、きめ細やかなサービスを提供してくださる。価格だけ考えると量販店の勝ちだが、情報提供やアフターではTさんの勝ちだ。私は量販店でも買い物をするが、エアコン取り付けや、照明の取替え、壁スイッチの修理などはTさんにお願いしている。見た目はマギー司郎と宮史郎（ピンカラ兄弟）を足して二で割ったようなヒトで、話し方が若干オネエっぽい。文の語尾が上がり気味なので、栃木県出身ではないかと読んでいる。

　Tさんはネコ大好きオジサンである。ご自宅にも四匹ほど飼っておられるが、お客さん宅のネコにも目がない。私が「○○の修理をお願いしたいんですが〜」と電話すると、いそいそとやって来られる。でも電気屋さんなので、脚立とか道具箱とかを持ち込むことが災いし、タラにはしっかり警戒をされる。タンスの上での監視体制に入っているタラに、Tさんはまず声をかける。

　「あとでね〜♪」

　で、仕事にかかる。業務上、電動ドリルを使わねばならぬこともあるが、それ以外は気をつかって落ち着いた動きで静かに仕事を進めるのが常だ。作業中、不用なネジを、床にコロコロッと転がす。使い終わったドライバーをチラチラッとさせる。決して自分からネコとの距離を詰めることはなさらない。ネコの心が開くのを辛抱強く待っておられる。そして、仕事が終わる頃になると、タンスの上に声をかける。

　「オジサン、もう帰っちゃうよ〜」
　「Tさん、Tさん、うちのネコは呼んで来るような性格じゃないですよ」
　「タラちゃ〜ん、オジサン、もう行っちゃうよ〜」
　「だから、無理ですってば」

　ストン。

　タラがタンスから下りて来た・・・。我が目を疑う光景だ。タラはゆっくりとした足取りでTさんに近づいて行く。Tさんからは近寄らない。ひたすら猫なで声で話しかけるだけ。

　「タラちゃん、下りて来たの〜。いいコだね〜」
　「オジサンが遊んであげるよ〜」

　ポテ。

　タラが床に転がった。お腹を撫でてやるTさん。目が点になる飼い主。タラ、ゴロゴロ言ってるし。クネクネして、ウニャッてなって、ノビノビしてるし。自宅リビングで繰り広げられるネコの痴態に呆然としつつ、電気関係、今度もなんかあったらTさんに来てもらおうと思うのであった。

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