だが、ある日、タラは気が付いた。
「背中を伸ばして高いところにある布を引っ掻くと、気持ちいいじゃん」
　バリバリバリ。
　それは私専用の布張りのイスであった・・・。高さや背もたれの角度が自在に変えれる優れモノである。以前は木製のがっちりしたイスを使っていたのだが、腰痛を覚えたことがあり、張り込んで購入した。脚にコロがついているので、コロコロと、あちこちに運んでいける。机の前、パソコンの前、食卓の前。私とイスはセットになって移動する。

　思い起こせば、ポン太もこのイスが大好きだった。隙あらば、イスにすがって、セッセと爪とぎ。私は爪の引っかかりが悪そうな布を買ってきて、イスのねじを外して分解の上、しっかりと張り付けた。その布はポン太存命中、イスをネコの爪から守り続けた。だが、さすがに、色褪せ、ほつれも見え始めた。最初の張り替えからおよそ１０年だ。無理もない。そこで、タラを引き取る前、用意周到に、また新しい布を買って来て、イス分解の上、張り付けておいたのだった。

　そしたら、その新しい布がタラのお気に召してしもうた。用意が周到すぎた。インド綿爪とぎはそのイスのない部屋においては、おざなりではあるが、使う。だが、筋肉モリモリ、贅肉ゼロのタラが全力で引っかくのは、大事な大事な私のイスであった。うう。これを阻止せねば。

　押し入れから、着なくなった青いジャンバースカートを出した。地厚で、ウネの細かいコーデュロイだ。これをリサイクルしてしまおう。イスの分解も三回目ともなると面倒だ。そのまま、適当に切って縫い付けてみたが、おお、悪くないじゃん。作業の間、タラはずっと、いぶかしげな目で眺めていた。出来上がるなり、近寄って来たが、爪はたてない。登って座っているだけだ。よしっ。我、本土防衛に成功せり。

　インド綿爪とぎを、部屋の真ん中に出してやった。タラは腹いせのようにバリバリとやった。ほらね。これで充分でしょ。こっちも時々張り替えてあげるからね。いいコ、いいコ。

　ふと、久々にネコの飼育本を開いてみた。
　「ネコが飼い主のイスに執着するのは、自分の匂いをつけて縄張りを主張したいからです」
　なるほど。私はタラに匂いつけをされていたのね。縄張りなのね、ネコの。配下なのね、ネコの。

　 　イスカバーを新しくして、二日目の今日。私がイスに座ろうとすると、必ずタラが先回りして鎮座している。本土は乗っ取られたのかもしれない。