「う、うちのパソコンがウイルスにやられたみたいなのっ。ど、どしたらいいのっ？」
　「なんで、私に聞くよ？」
　「だ、だって、ホームページとかしてるし、詳しいんじゃないの、パソコン？」

　大ハズレ。単純な仕組みのサイトは、ITにおバカな私でも、教本見ればなんとか作れた。サイトを運営していれば、そのうちITに強くなれるだろうと思ったら、それは大きな見込み違いだった。私は旧友に教えてあげた。

　「私からのアドバイスは一つだけだね〜。ウイルスにやられる前に対策ソフトを入れとけ〜」

　私は機械に弱く、パソコンの基本が理解できておらず、聞いたことも端から忘れる。パソコンにかかわることを説明されると、一つのセンテンスに意味不明の用語が三つも四つも入っているので、脳内でプロセスされない。しかも、どうせわからんと思っているので、説明が始まった瞬間にメンタルブロックがかかってしまう。

　こんな人間のパソコンが、ウイルスにやられたらもうお手上げである。何はともあれ「転ばぬ先の杖」。ウイルス対策ソフトの導入だ。古いパソコンにも入れていたし、今のパソコンにも入れてある。そう、私がかれこれ三年使っているのは、トレンドマイクロ社のウイルスバスター!!（←ここ、脳内ＢＧＭは映画ゴーストバスターズのテーマでお願いします）

　２００５年４月２３日。　平和な土曜の朝であった。いつものようにパソコンの電源を入れ、メールと掲示板のチェック。途中でウイルスバスターが自動更新を始めた。今日もよく働いているね、バスター君。よっしゃ、よっしゃ。

私は出かける用事があったので、どちらも選択せず、一旦電源を切った。次に電源を入れる時が再起動になるので、それでうちのパソコンは安泰なり。

　帰宅して、夜８時頃、再び電源を入れる。壁紙にしてあるタラの顔がアップになり、デスクトップが出る。左に並ぶ数々のアイコンから、インターネットエクスプローラをクリック・・・・・あり？　何も出ない。それではアウトルックエクスプレスをクリック・・・・あり？　起動がうまくいかなかったのか？　一度切ってみよう。あり？　電源が切れない。強制終了か？　あり？　強制終了すらできない。結局電源ボタンの長押しという情けない方法でオフにして、もう一度オン。タラの顔がアップ・・・アイコンが出て・・・・、あ、今度はポインターが動かん！焦る私、何度トライしても、パソコンはさっぱり作動しないのであった。対策ソフトをちゃんと使っているからウイルスではあるまい。本体が壊れた？　これ、買って８ヶ月のパソコンよ？　とりあえずメーカーにご相談。

　Ｆ通はサポート体制が良い。２４時間電話受付で、その電話が比較的つながりやすい。これまでも何度も助けてもらった、音声案内が「只今、お電話が込み合っております。そのままお待ちになれば、順におつなぎいたします。待ち時間はおよそ３０分です」と言う。待ちがいつもより長そうだ。電話をスピーカーフォンにしたまま、机の上に置いた。サポート係のお兄さんの声が聞こえるまで、軽く一時間はかかったのでないか？

　「あの、パソコンが作動しません」
　「ウイルスバスターを使っておられますか？」
　「ハイ、使ってます」
　「ニュースをご覧になっていませんか？　今朝からウイルスバスターの更新による障害が多発しています」
　「はぁっ？」

　テレビを見ていなかった。夕刊は取り込んだままソファの上にあった。とにかく、サポートさんに言われた通り、トレンドマイクロより修復方法が書いてあるファックスを取り寄せ、セーフモードとやらで、順を追いながら作業。朝送りつけられたバカ・ファイルを削除して、修正ファイルを入れて再起動・・・・あ、直った・・・・。

　腹の底から怒りが湧いてきた。物騒な世の中だからと、高いお金払ってセコムに入っていたら（入ってないけど）、ピッキングも何も、セコムのガードマンがスペアの鍵で玄関からチョクに泥棒に入ったみたいな話である。トレンドマイクロは新しいパターンファイルの安全チェックを怠り、その安全チェックをしたかどうかをチェックする係もチェックを怠ったんだそうだ。バカの上塗り。ウイルスバスターがチョクでウイルス送ったのである。自動更新だから、侵入はら〜くらく♪

　 　これは被害者の今年度会費、払い戻しだな。それとも来期の会費がチャラ？　某大手プロバイダーが個人情報洩れを起こしたときは、洩らされた人に商品券が送られて来たと聞くがな。しかし訴訟も辞さない企業ユーザーのみに補償して、個人ユーザー軽視ということもあるかもしれん。そもそも誰が被害を被ったか証明が難しかろうし。

　月曜の朝刊に、この件に関するトレンドマイクロ社特設電話の番号が載っていた。電話してみた。録音音声が「このたびは弊社のパターンファイル更新で皆様にご迷惑をおかけし・・・・・」と謝るのを延々と聞かされる。電話代こっち持ちで、機械に謝られるマヌケさ。録音で謝っても伝わる誠意はゼロパーセント。はやく人間に代わりなさい。
　「ただいま電話が大変に込み合っておりますので、通話を切らせていただきます。また、おかけなおしください。・・・　ツーッ　・・・　ツーッ　・・・　ツーッ　・・・」

　怒髪天をついたぞ。何、考えてんだ、トレンドマイクロッ!!　ああ、腹がたつ。今日は月曜だから、あちこちの会社のパソコンがオンになって、全国的に問題が再燃しているかも。非難轟々になっているかも。お昼のニュースではこの件をやっているに違いない。
　プチッ。

　・・・・全然やってなかった。その朝、ＪＲ西日本が尼崎で未曾有の脱線事故を起していたからである。テレビはマンションに突っ込んだ電車を映し出していた。事故に遭われた方々にはまことに気の毒だが、トレンドマイクロ社は一息ついていたのではないかと想像する。世間様にはこの大ポカをさっさと忘れていただきたいに違いない。これだけ大きな事故に比べれば、たかがパソコンの故障、誰も死んだわけでなし。

　火曜になっても電車内に閉じ込められた人々の救出作業は続いていた。犠牲者の数もどんどん増える。ニュースはずっとそれがメインである。ネットをしながら、ちらりとテレビ画面を見たら、黒いスーツを来た女性がうつむいている。遺族の会見？

　なんと、トレンドマイクロ社のＣＥＯであった。初めて知ったが、この会社のトップは中国系の若い女性であった。中国系であることも、若いことも、女性であることも、トップになる資質と直接関係ないが、そのちらりと見た画像には激しい違和感を覚えた。肩にたらしたままの長い髪だ。謝罪会見なので、彼女は頭を下げる。髪がだらりと顔にかかって、スダレ状態になる。女子高生が遅刻の言い訳をしている場面ではない。会社の大不祥事を詫びる場面なら、ビジネス仕様のヘアで出て来い！丸めろとは申しません。長いなら束ねればよろし。謝意はまず形で表せ。誠意は金で。

　は？　自分の役員報酬を５９４円に減額する？　悪さしたファイルの番号にちなんで、５９４？　シャレですか？　自己満足ですか？　あなたの月収が減っても私のサイフは膨らみません。

　水曜の新聞にこうあった。
　「トレンドマイクロ社は顧客が被った損害などに対する補償は考えていないと発表」
自社存続のための方策だけは考えておられるようだった。正しい危機管理の指導にうちのネコ、送りつけましょか？