理解できないことに出くわすと、よく「頭が真っ白になって」とか言うが、我々の場合は違っていた。この事態を理解しよう、打開しよう、着地点を見つけようと、頭が高速回転していた。だが、口から出た言葉は断片的だった。

　私　　　「車がない」
　オット　「あ・・・」
　私　　　「なんでないの？」
　オット　「やられたんだな」
　私　　　「なんでうちの車？　もっと高い車があるじゃん。見てみ」
　オット　「それだけ世の中がせち辛いんだろ」
　私　　　「なんで今日？」
　オット　「ふむ・・・」
　私　　　「どうする？」
　オット　「電車で行くか？」
　私　　　「へ？」
　オット　「その前に警察か」
　私　　　「は・・・」

　などと言いながら、その時、私の頭には「朝の６時にレンタカーはやってないわな」とか「積んでおいたおニューのＣＤもみんな持っていかれたな」とか「警察に時間とられたら、早起きの意味ないじゃん」とかが猛スピードで流れていた。「走馬灯のように」という表現があるが、そんな感じかもしれない。種々の思考がフラッシュカードをめくるがごとくパタパタと浮かんでは消える。　オットはオットで、電車で行く場合のルートを模索しながら、「出かけられないけど、途中でタイヤがバーストするよりはましだったとするか」とか「台風の中をドライブも楽しくないだろうしな」とか考えていたらしい。その間、どちらも空の駐車スペースを見つめながら、荷物を地面に下ろすこともなく、ただ、その場に立っていた。後からオットが言うには、我々はその場に四分立っていたそうだ。

　私　　　「あ！」
　オット　「は？」
　私　　　「わかった」
　オット　「なにが？」
　私　　　「車、ある」

　うちのマンションは大規模開発で、敷地内には、何棟もの住居棟と、商業施設がある。車は住居棟の内側には入れない構造で、外周道路を走る。商業施設は住居棟群の北側にあり、うちの契約駐車場は反対の南側にある。前日、仕事の山を越えた私は、夕方５時頃、駅まで行く用事があったので、車で出た。夕食の食材が足りないので、帰りに商業棟にあるスーパーに寄ることにした。駅も北側にあるので、順路として、スーパーのお客様用駐車場に一旦車を置き、買い物をし、いつもは徒歩で敷地内を横断して行く店なもので、そのまま車のことはスッパリ忘れて、歩いて帰宅していたのであった。あまりにナチュラルな流れだったもので、自覚がどこにもなかった。

　荷物を持って、マンション敷地内をスタスタと歩き、スーパーの駐車場へ。そこにポツンと停まっているのは、懐かしいうちの車である。

　私　　　「ほれ」
　オット　「ほれって・・・」

　車に荷物をドカドカ積み込んで、ドアをバタバタ閉めて、やっと出発。あ〜、車があってよかった。あ〜、本当によかった。助かった。いや〜、ラッキー、ラッキー。

　オット　　「なんで、思い出すのに四分もかかるわけ？」
　私　　　　「警察に届ける前に思い出したからいいじゃん」
　オット　　「普通、車が無いってわかった瞬間に思い出さない？」
　私　　　　「昨日の動きに一点の曇りもなかったから、仕方ない」

　この事件で、眠気はすっかり吹き飛んだ。トータル五分程度のロスがあったものの、早朝で一般道の車も少なく、我々は関越自動車道のインターへとスムースに到着したのであった。去年、日本海へ向ったときは、景色を楽しみたくて途中で高速を下りて走った部分もあったが、今年は、一挙に金沢まで行かねばならぬ。高速に上がったら上がったっきり、時折小雨が降る中を、途中で運転の交代をしながら、関越をガーッと走って、上信越自動車道をガーッと走って、日本海側に出て、左に曲がって、北陸自動車道をガーッと走って、渋滞なんかどこにもなかったので、正午過ぎには宿泊予定のホテルの駐車場に滑り込んでいた。

　東京→金沢の所要時間、約６時間。速っ！高速道路料金、９４５０円。高っ！

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