「一攫千金」。いい言葉だ。確実に「千金」がいただけるのなら、ぜひ「一攫」やらせていただきたい。だが、博打に、利回り保証はない。交通事故にあうような確率で、稀に大儲けする人がいるだけだ。私の経験上言えることは、博打は参加した段階で負け。

　一度だけパチンコをしたことがあるが、購入した玉はあれよあれよと奈落の底に吸い込まれ、迅速に終了。つまんない。駅前のパチンコ屋がなぜあんなに繁盛しているのかを理解しそこねた。一等地にあるキンキラキンの店舗を見れば、胴元が儲かっていることだけは容易に推察できる。

　宝くじは、確率を考えたらアホくさいので買わない。「夢を買うのだ」とおっさる人もいるが、私に言わせれば、宝くじ代の無駄。それよりはずっと確率がましなお年玉年賀ハガキですら、私が受け取ったハガキは当たり番号をきれいに避けている。自分が買った分を投函さずに持っておいたほうが、番号が続いているだけましだろう。

　そんな背景があるので、この旅行記において、皆さんがもしかしたら期待していたかもしれない「最終日にジャックポット！お金ドバドバ、サエコポンの勝ち！！」みたいなエピソードは出ない。全くやらなかったわけではないが、ビデオポーカーに１ドル投入してみたら、たまたまいい手ができて、倍になったが、所詮モトが安いので上がりも安いため、その金を次に投入してしまい、あらまぁ、持っていかれてしました、みたいなレベルの話しかない。

　でも、ベガスに行ったことだし、ギャンブルの話を書くことにする。私の話ではなく、ミネソタから来たおばちゃんのギャンブル話である。

　それは、たまたま通りかかったどっかのホテルのカジノ・フロアの一角であった。ステージに司会の男が立ち、数十人の客がそれを囲んでいた。正面に大きな縦置きルーレットみたいなものがあり、ステージわきには紙がたくさん入ったガラスの入れ物がある。その紙にはこの博打に参加金を払った客の名前が書いてあるらしい。そこから三枚だけ抜き出し、呼び出された三人のうち、ルーレットで一番大きい数字を出した人、一名だけが、５万ドルへの勝負に挑戦できる、そういうゲームのようだ。もはや参加は締め切られていたが、周辺がえらい盛り上がりようなので、立ち止まって見物することにした。

　名前を引いてもらえた三人のうち、勝ち残ったのが、ミネソタ州から来たというおばちゃんだった。やや小太りの、中流家庭の主婦といった風情。黒っぽいTシャツに茶色いズボン姿で化粧っけもほとんどない。司会者のインタビューに笑顔で「心臓がバクバクです〜」など答えている。

　頂点にポインターのついた巨大縦置きルーレットは、円の中がいくつにも区切られていて、それぞれに「５０ドル」とか「２００ドル」とか書いてある。止まっただけで「ドボン」の意味らしい部分もある。挑戦者は五回までルーレットを回せ、出た金額を足していく。合計が５００ドルを超えたらドボンでゲームオーバー。５００ドル以下で止めると、現金お持ち帰りとなる。どの段階でやめるかは挑戦者の判断で、その後、更になんらかの条件をクリアすると、別の高レベル・ルーレットへの挑戦権が生まれ、それをどうとかすると、目出度く５万ドル獲得で、更に、ステージを囲む全参加者がおいしい思いをするチャンスが再び巡ってくる、とかなんとかいう仕掛け。途中から見たので詳細は不明だが、ま、そういう感じ。司会者はメリハリのあるしゃべり方で、みのもんたを彷彿とさせる煽りをする。

　ミネソタのおばちゃんは、ルーレットを三回ぐりぐりっと回して、足し算が２５０ドルになったところで、きっぱりと言った。

　“I　ｔake the money”

　どよめく会場。みのもんたがおばちゃんの決心を鈍らせて、ゲームを進めさせようとあれこれ言う。参考のために書いておくと、２５０ドルは三万円くらい、５万ドルは６百万円くらいである。えらい違いなのだ。

　「会場の皆さんの中で、ここは２５０ドル貰って、ミネソタに帰ったほうがいいと思う人〜」
　「パラ・・・パラ・・・パラ・・・」（←まばらな拍手）
　「では、ベガスに来たからには、５万ドル目指して続けるべきだと思う人〜」
　「イエーッ！」
　「ウォーッ！」
　「カモ〜ン！！」

　おばちゃんは、ニコッと笑って、はっきりと言った。

　“I take　the　money.　Final　answer！”

　私、思わず、拍手しちゃいました。だって、このままやり続けたら、非常に高い確率でどこかでドボン。５万ドルなんて、絵に描いた餅。そこに到達できない人がほとんどだから、カジノはこのゲームを主催してんのよ。参加者に毎回、５万ドル持って行かれたら、大赤字。でも、普通は止まれない。そもそもが、お遊びだし、参加の賭け金は失っても痛くない程度の額だ。大勢の参加者に囲まれて期待されるとプレッシャーも大きい。これが男の人だと、まず「こんなハシタ金で降りるなんて、オレ様の沽券に関る」という心理状態になって、イケイケドンドンになって、あげく大ドボンになるだろう。見ている分には、その方が面白い。

　でも、おばちゃんは「２５０ドルは充分に大きいお金」と思った。理性ある判断だ。ミネソタの田舎では、「Save　２５¢」とか書いてあるスーパーの割引きクーポンを切り抜いているのかもしれない。１２ドルのTシャツがセールで９．９９ドルになるのを待ってから買っているのかもしれない。地に足のついた暮らしをしている堅実な主婦なのだ。みのもんたの煽りにも、無責任な野次馬の声援にもめげず、２５０ドルでファイナル・アンサー。おばちゃんは、花のベガスでカジノに勝った。

　え？　私？　私かよ・・・。最初に書いたやん。

　この項目では、サエコポン、やや負け。