美観地区と呼ばれる蔵屋敷の保存された一帯は、江戸時代にタイムスリップしたような白壁の町並みが美しい。真ん中を倉敷川が流れ、両脇に柳が青々と茂る。そして、川には手漕ぎ舟。あれ？　道には人力車。あれ？　昔よりタイムスリップの度合いが深いじゃん。倉敷の観光地化は私が知らない間に更に進んでいた。

　もう五時を過ぎていたので、大原美術館などの有名施設はクローズしていたが、町屋や土蔵が並ぶモノトーンの通りを懐かしく歩き回った。おお、蕎麦のあずみだ〜。喫茶のエルグレコだ〜。道の奥には鶴形山トンネルが見える〜。私、ホントこの界隈をウロウロしてたのよね〜。様々な記憶がよみがえる。

　ググッて再発見した旧友とは、七時頃にアイビースクエアのエントランス辺りで会う約束をしていた。電話で話した限りでは全く変わりなしだったが、なにぶん月日が流れたので、互いに見た目の経年変化があるに決まっている。Ｄ君とＦちゃん夫妻、すぐわかるかな？ 入って来た二人。Ｆちゃんはほとんど同じでびっくり。老けてない！Ｄ君は丸顔だったのがやや細顔になっていたが、よく見れば、Ｄ君はやっぱりＤ君だった。「きゃ〜！きゃ〜！」静かなホテルロビーで騒ぐ私。

　ディナーを予約してくれていたので、Ｄ君の車で少し移動。おしゃれな和食の店に入る。二人の行き着けの場所の様子。なんと個室でコース。そこで思い出話と空白の３０年弱を埋める作業にいそしむ。この二人は２０代頃の遊び友達で、一緒に斑尾までスキーに行ったり、渋川でウィンドサーフィンに励んだりしている。　もちろん飲んだり食ったり騒いだりも散々。楽しい時代をより楽しくしてくれただけでなく、楽しくなかった時代にもなにげなく傍にいてくれた人たちである。これまでのご無沙汰と私の行方不明ぶりが申し訳ないほどだ。

　店を出るとき、お勘定はとっくにコンプリートしていて、私が財布を取り出す余地はなかった。ぎゃ〜、申し訳ない。どうしよう？　でもこの二人は全然お金に困っていないことがありありなので、出口で「この分は私が」「いやいやこっちが」と揉めることもなく、あっさりゴチになることにした。

　「Ｄ君、Ｆちゃん、あの頃たくさん遊んでくれてありがとう。やさしくしてくれてありがとう。唐突に再出現した私を喜んで迎えてくれてありがとう。ご馳走様でした」

　アイビースクエアまで送ってもらい、今度いつ会えるかわからないので、目をウルウルさせながら当面今生のお別れを派手にやった。そしたら、一時間もしないうちに、Ｄ君からホテルの部屋にいる私に電話がかかってきた。

　「サエちゃん、明日、お茶せーへん？」