その人が「目医者にして、うた詠み」であるということも記憶していた。いくつか載っていた短歌にも心をそそられたように思う。なにぶん主要題材のひとつが「ネコ」であるのだから。載っていた写真によると、なかなかのハンサムであったことも、私の記憶力を増強したかもしれない。「バツイチ」ということも頭の片隅に残っていた。

　しかし、著書を買ったことはなかった。私は本の購入にはあまり金を惜しまないのだが、読書傾向がひどく片寄っていて、幼少の頃から、エンタテイメント小説まっしぐら。寒川猫持センセイを初めて見かけたその頃は、スティーブン・キングにロバート・マキャモンと、ホラー分野に頭から突っ込んでいたのだった。死んだ者、バンバン生き返る。魑魅魍魎系、ページを走り抜ける。ウワオな読書生活である。詩、俳句、短歌といった風雅で高尚な世界は、はるか雲の彼方にあった。

　月日は経ち、どこかで猫持センセイの愛猫にゃん吉君が、二十歳で亡くなったと読んだ。その折のセンセイの歌が「あなたにとってはたかがネコ」＋「我にとっては命なりけり」みたいなあやふやなフレーズのまま、私の心に引っかかった。その後、うちのポン太が旅立ったとき、涙でズブズブの脳味噌をうろ覚えの短歌がよぎった。だが、その時も著書を買うという行動には出ず、自前でポン太の思い出話を書き始めてしまった。あげくに、ホームページを開いたものだから、それ以降はネットジャンキー。これまでの読書時間はすべてモニターとキーボードに吸い込まれた。

　実は、冊子「ポン太のこと」を作りあげた時点で、私もペンネームというものをつけようかとチラと思い、「寒川猫持」みたいに情景が浮かぶ名前がいいなぁと、紙にいくつか名前を書いてみたのだった。しかし、結局使わなかった。私程度の言語能力では、四文字かそこらの漢字をどう組み合わせたところで、今ひとつイメージが立体的にならない。小宇宙も何もない。さすが、歌を詠む人は言葉の凝縮に卓越しているわい。

　つい十日ほど前。ネコバカネット友達の掲示板で、安直な俳句などひねって遊んでいた。その時に、話が猫持センセイに及んだ。彼女はセンセイの本を持っていたのだった。そして掲示板上に引用してくれた。

　あはは。それって、私が毎晩タラにやられていることじゃん。笑う私に「猫持センセイにはＨＰがあるよ」と彼女はＵＲＬを入れた。「猫持のどこでもドアー」。どれどれ。サイトの目次を上からクリックしていく私。おっ、近影だ。ほほう、まだまだイケてんじゃん。二代目はメイちゃんっていうのね。かわいー。ふむふむ。寒川医院は大阪市大正区・・・・さっ、寒川医院っ？？

　私は非常に驚いた。センセイの苗字はそもそも「寒川」だったのである。産まれた時から、凍てつく川辺に立ちっ放しだったのである。考えに考え抜いてつけたペンネームだと思い込んでいたのに、前半は天然かいっ。私の驚愕ぶりをぜひ掲示板にてお伝えしよう。あ、・・・・・ナイ。センセイのホームページには掲示板がなかった。だが、メールを送るポッチはあった。そこで、感想メールを送っておいた。そしたら・・・。

　ぐわ〜っ、出た〜！！なんと、その次の日。私の掲示板にセンセイからの書き込みがっ！しかもご丁寧にもメールにまでお返事があり、「寒川」という苗字の由来と分布の説明！これはウワオなネット生活である。

　なのに、私ったら、センセイの本、今だ一冊とて読んでいない。夜更けにネット書店にて著書三冊を発注した。受け取りに行き違いがあったりもし、やっと手にしたのは５日後のことであった。即刻、端から読み始める。「そ、そ、そ、それそれ」「あ、あ、あ、これこれ」痒いところに手が届いたような声をあげながら読み進む。長年、心にかかったままだった歌にも巡り合った。

　センセイの三十一文字は、世の既成概念を打ち砕いていた。短歌の世界が「風雅で高尚」「はるか雲の彼方」は、猫持センセイに関してはお門違いであった。日常の言葉にて凝縮される日々のよしなし事に、心模様。面白うてやがて哀しき猫持ワールド。ザッツ・エンタテイメント。泣かせてなんぼ。笑わせてなんぼ。センセイは超一流の大阪芸人であった。

　猫持センセイはサイト内に「猫のひとりごと」という日記ページを設置しておられる。そこは日記でありながら、時々掲示板になる。つまり送られたメールがそこにコピーされ、センセイのコメントがつくのである。サエコポン、７月２８日からの四日のうちに三回も載った。これはもう「愛の交換日記」？

　だが、いまやセンセイには１８歳年下の新妻が・・・・。
　惜しい。